意地でも勉強しない子供。褒美がなければ勉強しない。

学習塾で教えていると、
意地でも勉強しない子供というのがタマにいる。

そう言う子供は不思議なことに、
何時間も座っていながら、何もしない。

友達にちょっかい出したり、友達に合図を送ったりはするが、
なぜかずっと講師の方を見ていたりする。

単純にプリントの要点を読んで、
それを書くだけの作業も、なぜか出来ない。

向学心がないだけではなく、言われた作業も出来ない。

で、漢字でも書かせると、凄くできるわけではないが、
適度に出来るから、これって一体なんだろう?

そう思っていたら、何となく分かってきた。

親や兄姉が側についてないと勉強しなかったり、
褒美がないと勉強できなかったりするタイプらしい。

こういうのは、親が家庭で勉強させようとして、
目先のモノで釣って勉強させてきたタイプだ。

以前、何かの本で、モノで釣って勉強するパターンが身に付くと、
成長してもご褒美がないと勉強する気が全くなくなる、
と言うようなことを読んだ記憶がある。

神奈川のとある塾の先生が書いた本で、
小学校の頃は良くできたのだが、
中学高校と成長するに連れて、
全然出来ない子供になってしまった。

で、本人も勉強しようと思うのだが、
どうもご褒美がないと頭が勉強に向かわないらしい。

そう言う子供は、漢字検定や英語検定で級を取ったら、
何か買ってもらえるとなると、猛烈に勉強できるのだが、
何にも商品やご褒美がないと、まったく勉強する気が起こらない。

なので誰かご褒美をくれる人を
キョロキョロと捜していたりするらしい。

勉強って、結局何かの目標がないと、やる気が続かないものなのだが、
勉強できるようになってうれしい、100点取れてうれしい、
...と言う達成欲以外のご褒美をつけるのは危ない。

たまのご褒美なら良いのだが、毎回のご褒美はダメで、
毎回なにかのご褒美を与えていると


  • 勉強する→ご褒美をもらえる

  • ご褒美がない→勉強してはイケナイ


...というような条件付けがついてしまうんだね。

こういう実験はネズミの実験でもよくやっているようだが、
勉強を人質にとって、ご褒美を待っていると言うことだろうか。

子供の頃の動機付けって、ホントに難しいね。
当たり前のように勉強する子供も多いけど。